平成11年末、スイスイ氏の主催するオフ会の場で、「群竹さん、これあげる」とスイスイ氏から一冊の小冊子を手渡されました。スイスイ氏は豊橋在住で、長年にわたりわたしのネット生活に少なからず影響を与えてきた先輩ネットワーカーです。見ると、B6版でザラ紙にガリ版刷り、ホチキスで袋綴ただけの簡単な作りのもので、すいぶん前のものらしくすっかり黄ばんでいます。表紙には「平成45年夏 消えゆく方言−豊橋地方の場合− 紅林太郎」とありました。
スイスイ氏によると、この小冊子はかつて恩師から受け取られたもので、当時教壇にたっておられた紅林氏が、幾年かに渡って生徒たちにレポートの形で提出させたものを整理したものということでした。それが書棚から見つかったので、三河弁のWebサイトを作っていたわたしに何かの参考になればと譲っていただけたのです。
「昭和45年」にまとめられていますが、昭和40年代の後半は、テレビの影響で日本語の「標準語化」が事実上完成された頃で、各地で方言の消滅が指摘され出した時期です。学校の教科書や新聞、ラジオなどで「標準語」が使われても方言は生活の中に生きていたのですが、テレビの登場で幼児期から「標準語」に触れることになり、方言が次の世代に引き継がれなくなりました。「消えゆく」と題されているのは、まさに紅林氏が子どもたちとの生活の中で、その現象に気づきそれをまとめたものと思われます。
巻頭の一節に「後日専門家諸兄によってこれらの方言から体系づけの足場にでもなれば望外の幸だ」と書かれています。スイスイ氏がそれゆえわたしの手に託したものとすれば、わたしはいささか力不足かもしれません。しかしながら、少なくともこの資料を埋もれさせてはいけないというのが、わたしの正直な思いです。
そこで、その全文を掲示し「豊橋の方言」としてあげられた各言葉にコメントを添えながら「ハイパーテキスト版」として公開することにしました。それをもって、冊子を託されたわたしなりの責任とさせていただきたいと思います。基本的には紅林氏のものをテキスト化し、群竹の注を各用語の右の「click」により読めるようにしてあります。
疑問点やご指摘、アドバイスなどがございましたら、掲示板でもメールでも結構ですので、ぜひともお願いいたします。
平成13年2月
群竹庵主