| 三河弁 | 聞 | き | |
| 書 | き | コラム |
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◆三河弁、ちぃとおもしろい話◆
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◆「やっとかめに野球する人たち」 先日、名古屋で推理作家桐野夏生氏のトークライブがあった。NTTドコモ東海が主宰したもので、インターネットで応募したら招待状が届いたので参加した。 その日は雨。わたしは「雨男」で何かと雨に恵まれる(笑)。ははは、でもこれは傲慢だった。冒頭の挨拶の中で、桐野氏御自身がおっしゃった。「ほんとうに、わたしは雨女でして……。めったにしないこういう時に雨が……」。そうかそうか、今日の雨は単なる一聴衆の私のせいでなくて、桐野氏のせいだったんだ……。 トークライブというのは「トークのライブ」であって講演とはいささか趣がちがう。TV番組で言うと「徹子の部屋」とか「さんまのまんま」とか、「テレホン・ショッキング」のようなもので割りあいと人気がある。古くは「スター千一夜」というのもあったけど(笑)。進行役がいて桐野夏生氏にあれこれ話を聞くという設定である。その進行役が木場弘子さんだった。 木場さんは元TBSのアナウンサーで、元中日ドラゴンズの与田投手の奥様でいらっしゃる。今回の方言の話題は、桐野氏ではなくて、木場さんの旦那さんの与田投手に関係がある。 この11月からプロ野球マスターズリーグというのが開催されることになった。それに与田投手が出場するというのである。プロ野球マスターズリーグとは、プロ野球OBで40歳以上の選手からなっている。札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の5チームに別れ、3ヶ月間に4試合総当りで全40試合を争うという、まさに、高齢化時代のプロ野球の一つのあり方を模索する企画である。40歳以下も1チーム4人までは登録出来るそうで、与田投手がそれに選ばれたというのだ。 与田投手の所属チーム名は「名古屋エイティデイザーズ」という。「エイティデイザー」というのは「80日の人たち」ということだ。「80日」というのはなんだろう。最初はわからなかったが、木場さんの解説を聞いて感心した。 「80日」というのは「やっとかめ」ということだというのである。「やっとかめ」は名古屋のみならず、三河でも岐阜でも使う言葉で「ひさしぶり」という意味の言葉だ。「やっとかめ」は「八十日め」=「やつとおかめ」「やとおかめ」で、長い間合わなかった時などに「やっとかめだのん(80日ぶりくらいだね〜)」と言うわけである。そういう語源だったのか。知らなかったなと私は感心して聞いていた。もちろん、桐野氏も魅力的で素敵な人であったけれど、方言をこんな形でチーム名にしてしまったという意味でも、なによりそこに感心してしまったのである。
「名古屋エイティデイザーズ」。「久しぶりに野球をする人たち」という意味で「名古屋80D'sers」と書く。中年の夢も生きているという感じだが、後日わたしのこの一文がさしたる新鮮さもなく読まれているとしたら、名古屋80D'sers大活躍で知名度があがり大成功ということであろう。健闘を祈る。
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◆「チャコの海岸物語」 「チャコの海岸物語」という曲をご存知だろうか。80年代に青春時代を送った人なら、一度は「心から好きだよ、ちゃこ〜」などとコンパ(死語)で合唱したこともあるのではあるまいか。今なお活動盛んなサザン・オールスターズの代表曲の一つと言っていいだろう。わたしもよく唄ったなぁ。 サザンと言えば湘南で神奈川県のはず。三河弁は出てこないだろうって? そうその通り。ところが、碧南地方では特別の意味があるようだ。わたしがこの話を知ったのは、三河弁のサイトを「けなるい」という言葉を調べて巡回しているときのことだった(この「けなるい」については後日どこかでまとめる予定)。 訪れたのは、 どーってことないよの三河弁講座というサイトで、碧南市(三河地方の中では西に位置する)で使われる三河弁を中心に語彙集をまとめて発表している。じゃんだらりんコンバーターという、標準語→三河弁翻訳のページにも挑んでいらっしゃる。わたしも、こういう「翻訳」の試みをしたことはあるのだが、満足行くものができないのでほうり投げてしまった。ま、いずれにしても、こちらの管理人たくぼん氏も方言を楽しもうという遊び心をお持ちの方だとは推測される。 さて、三河弁講座をさーっとみていくと、割りあいとどこの三河弁サイトでのもりあげられているような代表的な単語と用例が並んでいる。ま、こういってはなんだが「どうってことないよ」というサイトタイトルも自己認識のあらわれであるかと思ってしまうわけだ。ところが、そうではなかった! 地味なグレーの背景に黒い文字の羅列、その中に、ピンクで「ここ」という文字が、いささか恥ずかしそうに、まさに紅一点「リンクがありますよ〜」と主張しているのである。前後を引用するとこんな具合だ。 ここでそのおもしろさをわたしなりに再現したいのだが、この話を掲載なさっているたくぼん氏に敬意を表し、ここではリンクだけにとどめる。さっそく上の三河弁講座の地味なページから、ささやかに自己主張する「ここ」を探し出して、そのおもしろさをお楽しみいただきたい。
そうしてみると、あの地味で平凡な作りが、この「ちゃこ」のページのために計画された壮大でお洒落な演出にも見えてくるから、なお不思議である。
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◆「おいなん考」 山本正之という歌手がいる。いや、シンガーソングライターかな。まてまて、歌手ではなくて、作曲家が歌っているだけなのか? ……ま、要するに作曲もするし、自ら唄ったCDも出すし、コンサートもするというような、音楽家がいる。愛知県安城市の出身で、有名なところでは「燃えよドラゴンズ」や、だいぶ前に流行った「開け!チューリップ」(パチンコの応援歌みたいの)がその代表作である。その山本正之のファンを「マサユキスト」と呼ぶのだそうだが、<お書きんボード>にマサユキストであるMさんから投稿があったのは、20世紀も終ろうとする頃のことであった。 山本正之のCDアルバム「桃の花」の中に「戦国じゃんだらりん三河物語」という曲がある。言わばアニメソング風戦国時代絵巻徳川家康一代記みたいな作品なのだが、その中にときおり三河弁で語られるフレーズがあって、その意味について教えてほしいというわけである。ほいほい、そんなのはお安い御用だよと教えていたのだが(このやりとりは掲示板<お書きんボード>で読むことができる)、そのうちに、どうしてもなじみのない言葉に出くわしてしまった。 「いっぺんおいなんどれだけ強いかやったげらぁ」で、この「おいなん」が初耳だった。わからない。前後から察すると、「おいでん(いらっしゃい)」なんだけれど、生まれてこのかた、こんなふうに使う「おいなん」なんてのは聞いたことがなかったのだ。そこで、前後関係から「おいでん=いらっしゃい」という意味だろうと答えてみたもののの、全く聞いたことがないことにはかわりがない。 そこでわたしは困ってしまった。考えれば考えるほど不思議な言葉に思われてくる。三河弁のサイトのいくつかを巡回しても見当たらない。そうこうしている、疑心暗鬼になるもので、そもそも、「おいでん」が「おいなん」なんて具合に音変化するものか? そう考えるとどうも否定的である。やがて「いっぺんおいなん」は「いっぺん、おい、なん」という具合に切って考えるんじゃないかという具合に思われてくる。「あのね」などという呼びかけに使うのに、「あののん」とか「あのなん」とか言うことがあるが、その「なん」ではないかと苦し紛れに思われて、慌てて訂正文をあげてしまった。 するとさっそく、Mさんから訂正が入って、別の山本正之の「銀河熱風オンセンガー」という文章に、 「ほんな固くるしいこといっとらんで、さ、おいなん」という言葉があって、合わせて考えるとどうしても「いらっしゃい」という意味で間違いないというのである。なるほど。論より証拠とは、まさにこのこと、確かに確かに、この二つのフレーズを見ると「おいなん」は「おいでん」だ。しかし、どうだろう、三河弁のサイトのどこにも、こんな用例は載っていないのに……。 解決がついた今でも、わたしはこの「おいなん」が果たして三河弁であるのかどうなのか、わからないでいる。
ご存知の方は、ぜひとも、御一報ください。それと、近く、Mさんと共同企画で「銀河熱風オンセンガー」の中の三河弁についての解説ページが公開される予定。また、この「戦国じゃんだらりん三河物語」の三河弁解説のページも作成予定である。お楽しみに。 [戻る]
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◆「まぶしい話」 豊橋のSさんとはネットで知り合った。パソ通時代からの知り合いで、ネットワーカとしても大先輩である。早くから草の根BBS(死語)を開設、地元のネットワーカが集うために改築された、倉庫兼仕事部屋ではたびたびオフが開催される。先日も忘年会オフが開かれ、おなじみのメンバーが集りわたしも参加させていただいた。そんななかで、「ひずるしい」の話になった。 わたしは、「ひずるしい」は「ひいづるしい(日出るし)」からの転ではないかとかねがね思っていたので、「ひずるしいのは、やはり夕日より朝日のはずだ」と少し断定的に言ってみたら、Sさんは「そうではない」と断言された。やはり「夕日もひずるしいし、炎天下もひずるしい」というのである。話に加わっていたRさんも同意見だった。語源は発音が似ているくらいのことでは根拠が薄弱だろうというのである。お説ごもっとも、わたしにはなんの反論の余地もなく、かといってでは何かという話もなく、そこで止まってしまった。 その後、そのこととは別に、「ひずるい」という言葉にぶつかった。「ひずるしい」と同じ意味だと思ってはいたが、なじみがなかったので、いくつかの三河弁のサイトをのぞいてみたが、「ひずるい」を用例として載せるところは少なくかった。そんななかで、わすかに一例「ひがくるしい(日が苦しい)」という言い方を紹介しているサイト(→うえちゃんのサイト/三河弁)があった。あ、これだなと思った。「ひずるしい」は「ひいづるしい」ではなく「ひがくるしい」から転じた「ひぐるしい」と見る方が落ち着きもいいし、SさんもRさんも納得されるだろう。
今度はSさんはなんとおっしゃるだろう。なんとなく同意を得られそうで楽しみで早く連絡したいものだが、やはり、Sさんにすすめられて導入したMSNメッセンジャーには「妻調教中(退席中)」などと表示されている(笑)。この前までは「犬調教中」だったのに……。やるなぁ。
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◆「だらだら君の冒険」 「ムーミン・プロジェクト」という企画がある。 なんのことはない、その企画者は私自身で、「ねえ、ムーミン、こっちむいて」をあなたの地元の方言でいうとどうなるかってことを調べ集めて、公開しようという企画である。私自身が、かの猿岩石のようにいろんなボードで紹介をうけながら、各地の方言ボードを彷徨いながら渡り歩こうという、ある種の暇つぶしでもある。 それとは逆の発想で、同じ言葉がそれぞれの地方では別に意味になるのではないかという観点にたって、それがどういう意味を持つかというのを比べてみてもおもしろい。たとえば、先日登場していただいた「だらだら君」の「だら」あたりを比べてみよう。ご存知のように、三河弁では「推量・同意・確認」などの意味で使っている。その用例は「おーい、だらだら君」を読んでいただければおわかりである。ところが、地域がかわるとこの「だら」がとんでもない意味になってくるのである。 まず、福井・石川・富山などの北陸地方では、「ばか」「あほ」などの類語として、いや、最上級として「だら」を使っているという。「だらだら君」が北陸の地に赴き、「明日、お前のもいっしょに映画も見に行くだらぁ」「お前、がんばったできっと疲れただらぁ」などというと、なんとなく喧嘩を売っているようにも聞こえてしまうというのだ。 ってわけだから、だらだら君、北陸の地に旅されるときは、御注意いただきたいものである。 さらに、ところが変わって福岡県に旅行するとどうなるか。同行の友だちが「おい、だらだら君、だらだら君」などと愛情を込めて呼んでいたりすると、それはもう、人権侵害のおそれさえ出てきかねない。筑後地方では、名詞で「シモゴエ(人の糞尿を材料とした肥料)」のことをさすのである。聞いたところによると、「コエ」と「ダラ」の両方を使うが、両者は少し違って、「ダラ」の方が鮮度が高い。つまり、コエよりもさらにウンチに近いわけである。そんな地方で、人前で「お〜い、だらだらく〜ん」などと声高に呼びかけて、「おう。なんだぁ」などとと気分よく返事をしていたりするのは、お気の毒というものであろう。
だらだら君、いや、すべての三河弁使いのみなさん、北陸と筑後では「だら」の使用にはご注意めされよ。
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◆「いただきました」 「ナイナイ」って知ってる? え、どういう意味かな? そんな方言あったかな、聞いたことないけど……。なんのことはない、岡村と矢部の人気お笑いコンビ「ナインティーナイン」の略称なのだが、方言のページで書くと、いかにも方言らしく思われるからおもしろい。 そのナイナイのTV番組の一つで、数人のグループで高級料理店などに出かけ、それぞれが値段のわからないままに注文し、各人の代金の総計が指定金額(確か2万円)になるべく近づけるように競うという趣向のゲームがある。和洋中に限らず、贅沢な食材と磨き上げた腕で作られた高級料理を好きなように食べられるので、ゲームに負けない以上は、まさに、こんなにおいしい話はないだろう。 ただ、そのなかで最も指定金額から離れていた一人は、敗者として、参加者全員の飲食費を持たねばならない。10万円前後の支払いとあいなるわけである。そのコーナーの全員が体育系大学の応援団よろしく、突っ張り頭に、ひざ下までありそうな長い詰め襟の学ランを着ていて、負けた人つまり支払ってくれる人に対して、声を合わせて、「ゴチになります」といかにも気合いを込めて言うのである。 この「ゴチ」は、「ごちそう」に略だが、この単純なゲームをおもしろく演出している。勝った側が、ごちそうになりましたと、喜びをかくして言うのがむしろ得意げなのに対し、負けた側は、痛くも痒くもない。ご馳走してやったんだという、敗北の悔しさよりもむしろ金銭的ダメージを隠して、強がりの表情でその言葉にうなづく、その対比はユーモラスである。 「ごちそう」は、そもそも「ちそう」の丁寧語で「豪華な食事」のこと。また「食事・酒などをふるまうこと」「もてなすこと」などと言う意味がある。このナイナイの「ご馳走ゲーム」での使われて方はまさにぴったりというところだが、もう一つ、食後の挨拶の言葉として、「ごちそうさま」を連想する人も多いだろう。これは、実際に「ごちそう」とは呼べないような質素なものでも、また、自分がふるまう側であっても、あいさつとして広く全国に定着している。 ところが、三河を含め、愛知・静岡あたりでは、食後の挨拶は「ごちそうさま」よりも、「いただきました」が多くつかわれている。一般的であるとさえいえるだろう。そう認識している人は少ないのだろうが、全国的には「いただきました」は少数派なのだ。どういうことということもない、つまりは、食後の挨拶として「いただきました」を使うのは、一種の方言というわけだ。
実際、わたしが保育園や小学校の頃、お弁当の時間や給食の時間の終わりには、当番の子どもが大きい声で「いたぁだきました」というと、クラス一同声を合わせて復唱したものである。どうして「ごちそうさま」でなく「いただきました」なのか……。ひょっとすると、われわれの祖先たちが、「ご馳走」にありつけなかったからなのか、それとも、いつの代にか、余興でおこなわれていた「ご馳走ゲーム」に負けつづけていたからだろうか……。
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◆「おーい、だらだら君」
豊橋に住む、筆者の友人Sから聞いた話である。 さて、そのTくん、純朴な好青年であったのだろうと想像するが、名古屋弁の地にあっても三河弁のいくつかを使って友人に語りかけていたらしい。 それで思い出したが、わたしの知り合いの九州出身者は、「○○りん」のニュアンスがよくわからず、冷たい感じを受けたと語ったことがある。「それは柔らかで優しい命令だ」と説明すると、「わかった」と答えてはいたが、実際のニュアンスがどの程度わかったかどうかは疑問である。「やってみろ」「やってみな」「やってみなよ」のどれで伝わっているかで随分ニュアンスが違う。親しみを込めた「やってみりん」が、圏外の人には逆に「やってみろ」という冷たい感じで伝わっているとしたら、寂しい話である。 閑話休題。そのTくんが「だらだら君」と呼ばれるのは、彼の無教養というよりも、むしろ三河弁に誇りを持って、恥じなく使った結果であって、彼自身の生活態度がそうであったからということではけっしてない。三河弁を愛し多用する筆者は、そんなTくんに会うことができたら、ぜひ、敬意をこめて、「だらだら君」と呼ばせていただきたいと願うものである。
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◆「ちょっとまってくる」 最近はあまり聞かなくなったのだが、かつては、駅なんかでこれから切符買って電車に乗ろうなどというときに、友達が「ちょっと、まってくる」と言うことがあった。 この「まってくる」って? 「待っていて」じゃなくて「待ってくる」って、どういうこと? これまた圏外の人にはわかりにくい表現であろう。どこかで日舞でも舞ってくるの?…… もちろん、そんなことはあるはずがない。この「まってくる」は「用たし」、つまり、「トイレへ行って用をたしてくる」ということである。 三河弁というか、東海地方ではわりと使われていた言葉らしいが、歴史を遡れば充分全国で通じるものであった。古語辞典によっては「まる」=「大小便をする」と載っている。いや、それどころか、その名詞形は今でも現役で、堂々知らない人はいないくらい、全国で立派に通じている。「おまる」である。赤ちゃん用の便器のことだ。 知り合いの丸山くんとか、かわいい真理子さんとかを、気軽に「まるちゃん!」なんて呼んでいるあなた、これからも、ためらいなく呼ぶことができますか? [戻る]
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◆「鍵を買う」 「おい、鍵かけたか?」
そういう応答が、三河弁では、 「おい、鍵かったか?」
となる。さらに、「ちょっと出かけるだけだが、鍵かって行くか……」てな言い方にもなるわけだ。 この「鍵をかう」は「鍵を掛ける」ということである。それが、なじみのない人というか、ま、圏外の人には「鍵を買う」に聞こえてしまうことがある。何げなく耳にして、「いったい、鍵を買うってどういうことだろう……?」と、不思議に感じることもあるらしい。 この「かう」。「買う」などではもちろんない。その語源について、「ふるさとの方言」のボードで話題になったことがあった。こういうことも、インターネットの一つの楽しみ方である。わたしは「支う」ではないかと発言した。 その場の結論もおおむねわたしの意見に近いもので、「鍵を支う」「錠を支う」などと、時代を経るにしたがって鍵全般に使われるようになっていったのだろうが、当初は、施錠としてたぶんもっともポピュラーであったであろう「心張り棒を支う」ではなかったかというのが、一致した違憲であった。 この「鍵をかう」は、現代の若者も方言と認識せずに使っているよく聞く三河弁である。 [戻る]
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◆「現金崩壊!?」 あまりありがたくない話だが、「崩壊」という言葉がブームのように使われている。最初は「家庭崩壊」くらいだったのだろうか、「バブルの崩壊」、「安全神話の崩壊」などと多用されるようになり、「金融崩壊」、「学級崩壊」や「警察崩壊」などとも使われている。いずれもそれまで大丈夫だと思っていたものが、「まさか」という形で崩れているのが共通点であろう。そして、それを立て直すのは容易ではない。 さて、「現金」である。2000円札に続いて、500円玉の登場したが、その背景には偽造の問題があって、現金に対する安全性が崩壊しているとも言えなくはないが、そんな話ではなくて、お札を小銭に両替してもらうとき何といいますかということである。 結論から書けば、共通語は「くずす」であって、「壊す」では変なのだそうだ。そう聞いて調べてみると、「壊す」というのは文語表現というか、古い言い方だと説明されていて、つまり、三河弁には方言という形でされが残っているのである。 ふーん、そうなの。三河弁ではちっとも変じゃない。「これを壊して」と1000円札を出すのである。 「いいじゃないか、通じるんだから」
こんな議論があったかなかったしらないが、三河の人たちはすっかり共通語だと思っているのが、この「壊す」の使い方である。 折りからの「崩壊」ブーム、「崩す」と「壊す」の両者の顔を立てて、「この金を崩壊させて」とでも言おうかしらん〜。 [戻る]
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◆「うらの掲示板」 「うらの掲示板」。ネットで「裏のボード」などというと、ポルノボードであったり、ドラッグに関する危険な情報が書かれていたりする、「アングラ掲示板」を想像するが、三河弁の世界では、れっきとした「うらの掲示板」が、どこあろう、学校の教室にも堂々と存在している。 なんのことはない、共通語では「前⇔後ろ」「表⇔裏」だが、三河弁では「前⇔うら」である。教室などで先生に近い席は「前の席」、これに対し教室の後ろの方の席は今でこそ共通語で「後ろの席」とも言うところなのだが、それはもうほとんどが「うらの席」と言う。劇場や映画でもそうである。電車やバスなどの乗り物でもそうである。いずれにしろ、他の語に比べ世代を超えて広く残っている言葉である。 授業で先生が使うのが「前の黒板」、これに対し教室の後ろにあって、連絡などに使う黒板は「うらの黒板」と呼ぶ。 当然またその横に「うらの掲示板」もあるわけで、誰かが落とした赤点の答案が貼りつけられていたり、時には先生の顔写真に落書きした「アイコラ」なども貼られていたりして、立派に「うらの掲示板」としてはたらいていたりする。(笑)
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◆「けったーで行く」 「自転車」。「けったー」は「お国ことば」とか「お国訛り」、「失われつつある懐かしいふるさと弁」とは違う類の言葉であろう。「残したい美しい言葉」でなく、むしろ「乱れた日本語」の側に位置づけられるかもしれない。では、スラングであったり、俗語としてもよいのだが、その使用に関して、一部の地方の若者には通じるが、全国では通じないということであると、「方言」と呼ぶ資格を有するのではないかと考えられるのである……。 そんなことを考えていると、さて、方言とは?と本質的なことを考えるようになってくる。「方言⇔共通語」なのか、「俗語⇔共通語」なのか、それとも、俗語における「方言⇔共通語」ということも想定できるものなのかなど、方言を考える上での微妙な問題である。参考までに書くと、この手の言葉を「新方言」というような呼び方でとらえる人たちもいるようである。 この「けったー」を聞いてびっくりしたというSさんの話を聞いたことがある。Sさんは、能登の出身で縁あって名古屋地方に暮らし、その後、同じ石川でも金沢近郊へ、いわばJターンをした。その時の言葉の違いをめぐる体験談を自らのWebサイトで公開している(=>SORAMAME'S HOMEPAGE)。Sさんによると、北陸で「けったー」とは、なんと「万引き」の意味で使われているそうだ。これでは、なるほどびっくりするだろう。それと同時に「けったー」が方言であることをものがたる一面だともいえるだろう。 「けったー」は、そういう「方言とはどういうものか」ということを考えるきっかけになった言葉であった。いつごろから使われていたのか、折りがあれば調べてみたいものだが、'70年代後半には確実にわたしの周りでも使用者がいたと記憶している。語源は「けったくるましん」で、三河地方のみならず、東海地方では広く通じる。 [戻る]
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◆「ちゃっくーを使う」 「ちゃっくー」とは「(教科書の)虎の巻」のことである。「教科書ガイド」というのは、ひょっとしたら商標名かもしれないのだが、早い話が「教科書をそのまま勉強するのに都合のいい、練習問題の答えや単語の意味なんかがまるっきり載っているタイプの、お手軽学習参考書のこと」である。ちっとも、早い話ではないが……。 「けったー」同様「お国ことば」とか「お国訛り」、「失われつつある懐かしいふるさと弁」とは違う類の言葉である。とはいえ、「けったー」よりも通じる人ははるかに多い。戦後生まれの人には「学生時代に使った懐かしの言葉」として充分に通じる。そして、現役の高校性にも通じるだろう。しかし、幸か不幸か最近の勉強しなくなった中学生には、知らない者が多く、高校に入って初めて聞いたという者が多いようだ。わたしたちの世代は中学時代からすでに知っていたし、時々はお世話になっていたものである。 同じ言葉で、「面倒くさがって、それを言葉に出して言う」時に、「ちゃっくー言うんじゃないよ」と叱られたりすることがあった。「横着なことを言う」という意味で、「ちゃっくー」は「横着なモノ、横着なコト」という意味で広く使われていて、しだいに「教科書ガイド」に特に限定的に使われるようになったものと思われる。 [戻る]
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◆「ねーさん、ねーさん」 漢字で書けば「姉さん」または「姐さん」。それでは共通語と同じにも思えるが、アクセントは平板か、むしろ「ねー」で下がる。 実の「姉」ではなくて、自分よりも年上の「嫁様」に対して、主に女性同士で使うことが多いが、男が使っても悪くはない。 連想するものとしては、映画でチンピラ(死語か?)などが「兄貴」とか「姐さん」というのが近いか。本来の血縁ではなくても、共同体の中で兄弟同様と言えるほど親しく付き合いたいという気持ち、あるいは身内意識のようなものがある。
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※BGMは須釜俊一氏のフリーMIDIを使わせていただいています。紹介して謝意を表したいと思います。 |