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◆ごあいさつ◆

 方言の消滅が話題になって随分になります。わたし自身もテレビとともに育った世代で、どちらかというと方言を引き継がずに育った世代に入ってしまうかもしれません。しかし、育ったのが田舎であったこと、主に祖母に育てられたことなどから、むしろぎりぎり方言を受け継いだ世代、あるいは過渡期に子ども時代を過ごした世代といえるでしょう。祖母や両親はまさに方言ともに育った世代です。方言の消滅を気にしながら、主に祖母のそして両親や子どもの頃に聞いた言葉を中心に、少しずつ「三河弁」を記し、同時にまた、その意味や用法を記述しておこうと思うようになりました。

 「三河」とは愛知県の中東部地域で、岡崎・刈谷・安城・豊田などを中心とした「西三河」と豊橋・蒲郡・豊川から、渥美半島、奥三河などの広い地域を含む「東三河」とにわけられます。

 一口に「三河弁」と言っても、その持つイメージは人によってさまざまです。「三河弁とは、三河地方でしか使われていない、他の地域では使用例がない言葉」というとらえ方があります。確かに、たとえば「がんばっておやりん」の「おやりん」のような、他の地域では使わない言わば「三河弁中の三河弁」もあります。しかし、「眩しい」ことを「ひずるしい」というような、これは静岡県の西部でも使う地域もある言葉です。また、「恐い」ことを「おそがい」というのは、尾張でも通じます。これらの言葉のように、近隣の他の地域でも使うものを「三河弁」と呼んでいいのだろうかというような疑問もあります。また、逆に、たとえば「のん」などのように東三河では多用されるが、西三河ではほとんど使われないというような、三河の中での使用地域が比較的偏りがはっきりするものもあるのです。それは、たとえば山間部と海辺とでは違ってくることでしょうし、農家だからこそ使うような言葉もあると思います。理想を言えば、そのあたりを区別して考えるほうがいいに越したことがありません。

 このように言わば「三河弁」の定義が、いろいろと揺れていたのでは、あまり科学的ではないのでしょう。そこでわたしは、とりあえず「三河弁」をこのように定義しておきます。

 戦後、東西の三河地域で語られた言葉で、主に「共通語」と語意、用法、発音を異にするもの。
 この定義にはいささか乱暴ですが、わたしがイメージして、ここに表そうとしているもののイメージを一番的確言った言葉ではないかと今のところは考えています。

 さて、このページは、平成10年夏、文法編・語彙編・コラム編の3部からスタートしました。わたしのいくつかのWebページのなかでは、最も古いものです。第1部文法編では三河弁の特徴とよく言われる「のんほい」と「じゃんだらりん」などの、主として三河弁を特徴づける助詞・助動詞を中心に、文法的な説明を試みました。また、第2部語彙編では、そこでとりあげなかったその他の語彙についても品詞別に収集しています。第3部コラム編では、コラムとはやや大袈裟ですが、ネットの内外を問わず、三河弁に関るおもしろエピソードを紹介しています。出来不出来がありますが、いくつかはおもしろくお読みいただけると思います。

 その後、平成11年夏、豊橋市内の交通安全の横断幕に三河弁が使われているのを見つけ、付録編としてデジカメによって三河弁を紹介するのページを追加しました。また、平成11年末豊橋方言の冊子を譲られたのを機に豊橋方言に解説をつける作業を開始、これは平成13年2月に一応完結しました。

 平成12年春「名言集」、同年夏「岐阜ラジオ編」「ムーミン・プロジェクト」などと展開、今後は、特に音声データ文章(書物)や音楽になった三河弁を取材する方向での充実をめざしています。

 この間、容量、速度などの問題を解消するために、移転すること3度、現在に至っています。なお、用例や考察は三河生まれで三河育ちの庵主が、経験的に「自分はこのように聞いた、話した、考えた」というものであることをおことわりしておきます。資料や方法等でアドバイスがございましたら、メールをいただくか、掲示板「お書きんボード」へご投稿下さればと存じます。もちろん、疑問、誤りのご指摘、用例の追加などもお待ちしています。よろしく、お願いします。

 最後になりましたが、この三河弁関連サイトのBGMは須釜俊一氏のフリーMIDI「SNOW(WinterComes)」を使わせていただいております。紹介し謝意を表したいと思います。

    平成13年3月

群竹庵主人  

※上記地図は白い地図工房からDLし加工したものです。地図の著作権は白い地図工房にあります。






BGMは須釜俊一氏のフリーMIDIを使わせていただいています。紹介して謝意を表したいと思います。